給水開始100周年記念作文入賞作品一覧
最優秀賞
水の大せつさ
横須賀市立豊島小学校
二年 廣川 直希
もし、せかい中に水がなくなったら、のみものがなくなる。ぼくは、ねっ中
しょうになってしまう。プールにはいれなくなる。水がつかえないから絵のぐ
もつかえないので、大すきな絵がかけない。おふろにはいれなくなって体がく
さくなる。トイレの水もながせないから、うんちもおしっこもできない。びょ
うきになってしまう。外でしたら、きたなくなってしまう。しょくぶつにあげ
る水もないからひからびてかれてしまう。でもたばこのはっぱもかれるから、
たばこはできなくなっていいけれど、ちきゅうぜんぶがさばくになって生きも
のがいなくなる。きれいな花もさかなくなって「きれいだな。」っていう気も
ちもなくなって、ぼくの気もちは、わるいことばっかりになってしまう。
だから水を大せつにしなくちゃいけない。
1、水道をつかったら、じゃ口をちゃんとしめる。
2、みんなが入ったあとのおふろのお水をせんたくにつかう。
水をもったいなくしないことをかんがえると、すぐにはたくさんかんがえら
れないけど、少しずつたいせつにしていきたいです。
優秀賞
一人ひとりが
横須賀市立船越小学校
四年 秦田 登萌
「おはよう」
私は去年の夏休み、清川村リバーランドというところに行きました。朝おきる
と、きれいな川の水があって顔をあらいたくなったので、川の方へ行って顔を
あらいました。
「気持ちいい。」
と、私が言うと、
私の兄も、
「この水おいしいよ。」
と教えてくれました。私ものんでみるととてもおいしかったです。
家に帰って、お母さんが料理しているところを見て、つかった水はどこに行
くのかを知りたくなりました。
今年、四年生になって水のべんきょうができてうれしかったです。
私は、水のべんきょうをするまで、
「水のむだづかいに気をつけよう。」
と言うのがよく分かりませんでした。なぜかというと、つかった水は、下水し
ょ理場できれいにされて、また川にもどるのだから、地球からは水がへらない
と思ったからです。
でも、水についていっぱいべんきょうしてからは、浄水場の見学に行って来
て、浄水場で仕事をしている人も大変そうでとてもがんばっていることが分か
りました。上下水道局の人も下水管をそうじしてくれたり、水を川にかえせる
まできれいにしてくれたりするそうです。なのでいつも仕事をがんばっている
のに、これ以上仕事をふやさないように、水のむだづかいに気をつけようと思
います。自分は、学校では牛にゅうパックをあらうときにバケツに水をくんで
クラスみんなで、その水だけを使うようにしています。家では、はみがきやか
おをあらうときに、水のだしっぱなしに気をつけようと思います。
私は、四人家族です。一日に一人一リットルずつへらすと、一年たてば千四
百六十リットルも、せつやくできます。それを世界じゅうでやると、もっとも
っと浄水場や上下水道局の人たちも自然も、すてきになるんじゃないかと思っ
ています。
「水道について」
横須賀市立津久井小学校
五年 福田 大貴
ぼくは、生まれたときから津久井に住んでいます。となりの家には、井戸が
あります。となりのおばあさんに、昔の水のことを聞きました。津久井二丁目
には、二十五年前まで、水道がなく地下十三メートルほって井戸を作りツルベ
で、水をくみ上げて、飲水、せんたく、畑、植木などに、使っていたそうです。
井戸のない家では、井戸のある家に水を、もらいに来たそうです。
ツルベがこわれたり、井戸の中に虫などが入った時は、非常に困ったそうで
す。
二十五年前昭和五十九年ごろ、ここ津久井にも水道が引かれ安心して、飲料
水に使用でき、喜んだそうです。津久井で、現在全ての家庭では、水道が引か
れています。
今は、家庭のなかだけでなく、工業や農業にも使われている水のほとんどは、
川から取っています。水はじょう水場でれきれいにされ、安心して使える水道
になります。川の上流では、水をかくほするためダムが建せつされています。
ダムの建せつは、大変大きな工事なので、国や県をはじめ、横浜、横須賀など
の各市が共同で仕事を、進めてきました。また、ダムの建せつ地に住んでいた
人たちは、ほかの地域にうつり住まなくては、なりませんでした。水はかぎり
ある資源なので、これからよりいっそう大切に使わなければならないと、思い
ます。
飲み水(水道)になるまでには、長い旅をする。水源、川、取水ぜきを通り
ちんさ地にきて、ポンプ室から導水され着水井に入り、かくはん池、ちんでん
池でろかされ、ろか池へ行きえんそめっきんで、消毒され浄水池へ行き、送水
ポンプで送られ配水池に行き、給水ポンプで家庭、工業へ、送られる。
このように水道が作られるまでに、いろいろな人に助けられ検査されていま
す。水道を、大切にしなければならないと、思います。
水と私達の生活
横須賀市立豊島小学校
六年 鶴田 有里奈
給水開始百周年と聞いて、私はこの作文を書こうと思いました。
私達は、毎日じゃ口をひねれば水がすぐにでる生活が当たり前になっていま
すが、地震などの被災地で水がとまっていると言うニュースを聞き、もし私達
の地域がそうなってしまったらと言うことを私は、はじめて考えました。
水がでなくなってしまったら、トイレの水が流せなくなります。なぜかと言
うと、貯水タンクに水がたまらなくなって、水が流せなくなるからです。水を
流すには、タンクに水を入れなければいけないと言うことです。そして、お風
呂にも水をためることができません。ごはんを作る時も、水がなかったらお米
をとぐこともできません。
水が使えないと言うことで、かんたんに買えばいいと考えますが、みんなが
買うことになれば、家族分の食料の確保もむずかしくなり、今度は、食べた後
のゴミがでてしまい、ゴミの処理ができなくなると言う問題も起きます。そう
すると、衛生的にも、良くありません。
また、洗濯することもできなくなります。汗をかくこの季節は、汗でぬれた
洗濯物をおきっぱなしにしていると、菌がはんしょくし、臭くなります。洗濯
をしないことなんて考えられません。
このことから、私達の生活には、水がなくてはならないものだと分かりまし
た。
そこで私は、これから水をもっと大切にしなければいけないと思い、お風呂
の残り湯を洗濯に使うなど、シャンプー中は、シャワーをとめるなど、節水を
することにしました。
この作文を書いて思ったことは、水が使えなくなると言うことで、ゴミ問題
や衛生面にまでえいきょうがあると言うことを、知りました。
また、世界では、各家庭に水道もなく、湧き水を何時間もかけてくみに行か
なければならない国もあります。
しかしその水は、汚染されていて、飲んだら命にかかわる事もあるのに、生き
るために飲まなければなりません。
そんな国があることを、私はテレビを見て知りました。
その番組では、ぼ金をして、村に井戸を作る計画をたてていました。
その村に早く井戸ができたらいいなぁーと思いました。
飲んだら死んでしまうと言う水を、私は飲めないかも知れません。
日本では、水道の水がまずいからと言って、水を買う人がいるけど、ぜいたく
だなぁーと思いました。
私は、じゃ口をひねれば、水がすぐに出る生活が改めて幸せだなぁーと思い
ました。
水は大切
横須賀市立鷹取中学校
1年 大間 由樹
私たちにとって「水」はものすごく重要な存在です。みなさんわかっている
と思いますが、人は水がないと生きていけません。
そんな、ものすごい役割をしている水、日本は今年で給水百周年になります。
毎日当たり前のように使う水。昔どうだったかは、私にはわかりませんが、
現代は家事、お風呂、手洗いなどいろんなことにたくさんの水を使っています。
もちろん飲料水としても使います。
そんな水を私たちはムダ使いしすぎているのではないかと思います。
日本は水がとても豊かな国です。一時、水不足になった県があったが、ずっ
と水がなくなってしまったわけではありませんでした。日本は水がなくなると
いう心配をしないで、たくさんの水をどんどん使うことができます。それに、
水道から出た水を普通に飲むことができます。日本ではそれが当たり前のこと
ですが、そうでない国が世界中にたくさんあります。
暑さで水がひあがり水がなくなってしまった国。ある時、急に水が送られて
こなくなってしまった国。水はあっても安全ではなくそれを飲んで病気にかか
りたくさんの人が命を失ってしまった国。日本にいる立場では本当に水がなく
なってしまうという危機はわかりませんが、私たちがいろいろな場面でジャー
ジャー水を使うのはそういう国にとっては、とてももったいない事なのではな
いでしょうか。そこで私たちにできる事は、そのような国のことを知り、その
国に水を届けたりできる活動に参加することです。こうした事で、困っている
人に水を届けることができます。
日本中の人がこれまで百年間給水されてきたことのありがたみに気付き、水
に感謝したとき、世界の人々を一人でも多く助けられると私は考えます。
命を支える水道水
横須賀市立池上中学校
三年 藤沼 草吾
僕が生まれてから今まで、ずっと、一日も欠かさずに飲んできた水。水道が
あるのが当たり前になっていていつでも蛇口をひねると綺麗な水が出てくるこ
とに、感謝をしたことはありませんでした。
今年の十二月に、横須賀市の水道給水が百周年になると知り、僕はそれまで
の時代の人たちは、一体どうしていたんだろうと思いました。
昔の人々は、川の水で、生活していたのだと思います。しかし、雨が降り、
川が濁ってしまうこともあったでしょうし、上流の人の汚物などが流れてくる
こともあったでしょう。伝染病が流行すれば、その水を飲んだ沢山の人々が亡
くなってしまうと想像したら、とても恐くなりました。
それに、全ての人が川岸に住んでいる訳でもなかったでしょうから、水を家
まで運ばなければなりません。僕は時々、家族と買い物に出掛けた時に、ペッ
トボトルに入った水を何本か買って、それを持たされますが、とても重たくて、
それだけで疲れてしまいます。水道のなかった時代の人は恐らく毎日とても重
たいお水を一人で、家まで持って帰っていたのでしょう。病気などの伝染を防
止している安全な水が利用できる水道のしくみがとてもありがたいものだと痛
感します。
料理を作るときも、水がなくて出来るものなど多分ないのではないかと思い
ます。清潔な洋服を着ていられるのは、綺麗な水道水で洗濯出来るからです。
毎日の疲れを取ってくれるお風呂には、たっぷりの水を利用しています。僕た
ちの快適な暮らしは、驚く程多量の水道水を使用して成り立っているのです。
地球上の水の一%しか飲料水に出来ないと、少し前にテレビで報道していま
した。地球には沢山の海があるので、僕はとても驚きました。海水から水道水
のような綺麗な水を作るということは、まだとても大変なことだそうで、雨水
や雪どけ水をどれだけ有効に使っていけるかが大事なのだそうです。
僕は、このニュースを見てから、「家の中で出来ることは何だろう?」と思
いました。
一番初めに思いついたのは、お風呂の残り湯です。母が洗濯をする時に再利
用をしていますが、それでもまだ残っているので、ベランダの花の水やりに使
おうと思い、僕が手伝うことにしました。洗濯や植物への水やりは、水道水で
なくても、十分だと思います。
また、シャワーを浴びる時も、石けんを洗い流す時だけお湯を出すように心
掛けるようにしました。
僕が自ら進んで水を大切にするようになってから、家族の皆もさりげなく注
意するようになりました。お米のとぎ汁で鍋などを洗うようになり、母が、「少
し面倒だけれど、気持ちがいいわね。」と言ってくれると、嬉しくなります。
昔の人々が、一生懸命考えて、作り出してくれた水道水。室町時代から少し
ずつ発達して、ようやく百年前に水道管で水を家に送るという、とても便利で
安全なシステムが出来たそうです。このことを当然と思うのでなく、いつまで
も感謝の気持ちを忘れないようにしなくてはいけないでしょう。
清潔な水道水があるからこそ、美味しい料理が食べられて、清潔で快適な暮
らしが出来るということを、僕たちはいつでも忘れないようにしなくてはいけ
ません。蛇口から出てくる一滴一滴の水を大切にすることで、その気持ちを持
ち続けて行きたいです。
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